「現在では」最新のオリジナルアルバム『アメノウズメ』。
今回でアルバム収録曲の解説は最終回。ラストの曲にしたいのは、しっかりとしたバラード曲。
なぜこの曲になったのか?どういう経緯を辿ったのか?リリースしてからの3年半経った現在でこの曲が持つ意味が変化してきている状況でもあります。
ライブでは滅多にお目にかかれないレアな曲を最後にご紹介です。
■少女の目
この曲は原案になったモデルがいます。
それが2年前に亡くなった祖母。
祖母は大正生まれの女性で、戦時中・戦後の苦しく・厳しい時代を乗り越えてきた芯の強さを持っていました。
僕自身は書籍や両親からの話でしか聞けてはいません。子供の頃に祖母に聞くと、「今が幸せなのでいいのよ〜」と、はぐらかされた記憶があります。
でも、あの時代がどれだけ苦しく、辛い時代だったか。。。
せめて残さなければ、僕らの後の世代にも伝わっていかない。
自分が残せる方法として、この曲を作る事を決めました。
詩の中に出てくる景色は、祖母の出身地・京都。そして戦時中に結婚生活をしていた広島。
(仕事の関係でその後京都に引っ越し、終戦)
戦争にだけは決して向かってはいけない。祖母はやはりそう思っていると感じます。
おこがましいのは百も承知だけど…あちらの方で安らかに過ごして欲しいという思いが、届けばと。
楽曲内に出てくる友人は、生前に祖母から話を少し聞いた事がある、実在した学生時代のご友人の方です。
(2021年アルバムリリース当時のライナーノーツより)
【2025年現在の追記】
いやね、本来ならもうちょっとライブで演奏する予定ではあったんやけどな〜…。
あまりする機会がなくて、実質1回かな。しかもその時は演奏ボロボロやったし(笑)
この曲については、僕の祖母への想いを中心に作ったつもりだし、反戦を歌った歌でもない。
純粋にそこに横たわるのは、「ただ何気ない日々が、どれだけ愛おしく、大切な事なのか」ということ。
子供の頃から亡くなるまで見てきた祖母の顔はいつも穏やかで、ほのぼのという言葉がピッタリな人でした。
ただ京都生まれの気質でしょう、とても芯が強く、柳の木のように決して折れない心の持ち主でもありました。
でも、僕には見せなかった実情を大人になって知ったり、感じたり。
この曲の中で、2番の歌詞を聴いた皆さんは疑問を感じたりはしないでしょうか?
『我が子二人に先立たれて 心の釘を 辛くても打つ』
この部分。実話です。
祖母は実際に自分の子供が2人も先に亡くなり、親としては居た堪れない気持ちがあったと思います。
(1人は僕の叔父、もう1人は僕の実父です)
もう30年以上前ですが、叔父が亡くなった時のことです。告別式が終わり出棺する時に、棺に蓋をして釘を打ちました。「釘打ち」という地域によっては現在でも行われている風習です。
釘を打つ行為は故人との別れを受け入れ決別するため、とも言われているそうで。
当時はもちろん祖母も釘打ちをしました。
僕は子供だったので憶えてなかったのですが、親などに聞くと釘打ちをする際に祖母は、
「おぉの、辛いよぉ…」
と仰っていたそうです。。。
親より先立たれる息子が、どれだけ愛おしかったのか。この言葉だけからでも計り知れない想いが伝わってきます。
そんな事は微塵も見せず、子供の僕の前では普段の「のほほん」とした京美人の表情を見せていた祖母。
改めて、すごい方だなぁと思います。
僕はそんな祖母を持ち、ここまで音楽を沢山の人の助けでさせてもらってきて。大切な人たちに恩返しがしたいと。
ミュージシャンとして成功して売れて、お金を稼ぐ形で恩返しもいいでしょうけど、それだけが恩返しとは言えない。沢山の助けてもらった人たちに喜んでもらえるような音楽を広げていきたいし、よりその輪を広げたい。
その中で、祖母が思い描いていた心の想いを1人でも多くの人に知ってもらえたら。そんな気持ちでこの曲を作り、残していきたと思った次第です。
祖母からは「そんなんで私が満足すると思うなw」と言われそうですが…笑
はい。死ぬまでしっかり精進していきます。